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釧路家庭裁判所 昭和41年(少)662号 決定

少年 T・S(昭二四・八・一九生)

主文

この事件については、審判を開始しない。

理由

(非行事実)

少年は、昭和四一年三月○○日午後一時三〇分過頃、北海道川上郡○○町市街○原商店において、同店店員に対し、五〇〇円札一枚を交付してチユウインガム一個(時価二〇円相当)を購入した際、釣銭として受け取つた現金四八〇円の中に、日本銀行券一〇〇円券を表と裏の二面に剥離し、表の一片に対し白紙をもつて裏打ちした、いわゆる裏なし一〇〇円券一枚を発見したが、この裏なし一〇〇円券を使用して酒粕を購入しようと企て、同日午後四時三〇分頃、同町○協ストアーにおいて、同店レジスター係○浜○子に対し、真正な一〇〇円札二枚の中に、上記裏なし一〇〇円券を表が見えるような状態に拡げて混入し、あたかも真正な一〇〇円札三枚を交付するかのように装い、同女をしてその旨誤信せしめ、よつて即時同所において、酒粕一袋(時価二六五円相当)及び釣銭名下に硬貨三五円の交付を受け、これを騙取したものである。

(法令の適用)

刑法二四六条一項

(偽造通貨知情行使を詐欺と認定した理由)

一  司法警察員が、当裁判所裁判官に対し事件を送致するに当たり、犯罪事実として主張するところは、「少年は、釣銭として受け取つた現金四八〇円の中に、偽造の一〇〇円券が一枚あるのを発見したが、上記日時頃、上記○協ストアーにおいて、酒粕一袋を購入するに際し、同店のレジスター係に対し、この偽造一〇〇円券を真正なものであるかの如く装い交付して、これを行使したものである」というにある。少年に対し、刑法一五二条の非行事実を認定するためには、その前提として、本件裏なし紙幣が偽造又は変造紙幣であることを要するのは、言を俟たないところであるから、まずこの点について検討することとする。

二  ところで、偽造又は変造通貨であるといいうるためには、通貨として作出されたものが、一般人をして、一見真正な通貨であると誤認せしめるに足る程度の外観を有していなければならない。そして、このことは、作出された通貨が一般人によつて真正な通貨でないと容易に看破されるなら、刑法一四八条によつて保護しようとする法益、つまり通貨によつて維持される取引の信用は毫も害されるものではないこと、同条の法定刑は無期又は三年以上の懲役であつて極めて重く、一方一般人をして真正な通貨であると誤認させる程度に至らないが、通貨にまぎらわしい外観を有するものを製造又は販売した場合には、別に通貨及証券模造取締法により処罰されることになつていること等から考えて、厳格に解する必要がある。

三  これを本件についてみるに、押収してある一〇〇円紙幣(昭和四一年押第八五号の一)及び近藤彰、星秋芳作成の偽造通貨の鑑定について(通知)と題する書面によれば、本件裏なし紙幣は、真正な日本銀行券一〇〇円券を表裏二面に剥離し、その表部分の一片の裏面部に、針葉樹木材パルプを主成分とする白紙をでん粉を主成分とする糊で張りつけ裏打ちしたもので、白紙部分には、その周囲を約五ミリ乃至一センチの幅で薄茶色の絵具でもつて拙劣な着色をしている外は、何ら細工が施されていないこと、糊付けの方法は、かなり巧妙であるが、手で触れてみると、白紙部分が毛羽立つているため、感触によつても、真正な紙幣との異同を容易に感知しうること、を認めることができる。以上の事実によれば、本件裏なし紙幣は、これを全体として考察した場合、一般人をして真正な紙幣と誤認させる程度の外観を有しているものと解することは、到底できない。もつとも、本件裏なし紙幣は、少年が○原商店より取得したものであることや、白紙部分の汚れ具合からみて、かなり流通していたのではないかとの疑いがなくはない。しかしそれは、かかる紙幣を行使するものにおいて、表面部分のみを相手方の眼に触れるようにするとかの欺罔手段を加えた結果であると推認されるから、流通していたのではないかという疑いは、上記認定に影響を与えるものではないといわねばならない。そうすると、本件裏なし紙幣は、偽造又は変造紙幣ではないことになるから、本件裏なし紙幣が偽造又は変造紙幣であることを前提とする、刑法一五二条の非行は成立する余地がないことは、明白である。

四  以上のように解したとき、少年の行為は全く法に触れるところがないというべきであろうか。なる程、刑法一五二条に該当する行為によつて財物を騙取した場合には、許欺罪が成立しないとするのが、通説の見解である。しかしながら、本件のように、偽造又は変造に至らないものを、あたかも真正な紙幣の如く装い交付して、これにより財物を取得した場合は、事情が異なるといわねばならない。つまり、偽造又は変造紙幣を行使するのであれば、その行使自体が欺罔行為であつて、それ以上に特段の欺罔行為をつけ加える必要がなく、これにより容易に財物の交付が得られるのに対し、偽造又は変造に至らないものを交付する場合には、通常の方法で交付したのであれば、たちまち真正な紙幣でないことが看破されるから、本件非行のように、他の真正な紙幣に混入して使用するとか、その表面のみが相手方の眼に触れるような方法で交付するとかの欺罔行為が必然的に伴うのであり、ここに定型的な違法性を認めることができる。したがつて、本件の場合には、前示のとおり、詐欺罪が成立するといわねばならない。

(処遇)

少年は、○原商店から釣銭として本件裏なし紙幣の交付を受けたのであり、いわば被害者の立場にあつて、本件非行を犯すについて、同情すべき点があること、本件非行は偶発的なものであつて、再非行の虞れなく、少年の性格、生活状態、家庭環境に格別問題がないことを考慮すると、本件については、審判を開始しないのが相当である。

よつて、少年法一九条一項に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 喜多村治雄)

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